さくぶん道場主幹の講評
『パンドラの箱』は、箱の中身以外にも物語全体がとても寓意に富んでいるよね。大神ゼウスの戒めを破って人間に火を与えたプロメテウス。ゼウスは「人間に火を与えるとロクなことにならん」と予言した。
これはゼウスの慧眼(けいがん)だったかも。事実、火を使いこなすようになった人間は以降、火を吐く殺し合いのための道具をたくさん作り出し、とうとう世界を火で焼き尽くす原子力爆弾を作るに至った。そして罰として、ゼウスは人間界にパンドラという絶世の美女を送り込む。神々はパンドラに各々(おのおの)贈り物を授けた。美と、音楽と、好奇心。ゼウスは最初からプロメテウスの箱の中身を知っていて、好奇心旺盛なパンドラがその箱を必ず開けることを予測していたのかな。しかも男は女のわがままにめっぽう弱いことも。
案の定、男は女のわがままに負けて禁断の箱を開け、そこからゼウスの思惑どおり人間界に多くの災いの種が飛び散った・・とかね。
災いが多い世界では、人間は生きることが苦しくなる。何かに救いを求めたくなる。自分たちを超越した絶対的な何かに。そこで神をあがめる宗教が作られた・・とか。災いを振り撒いて、それを利用してゼウスは人間を完全に自分の手の内で支配しようとしたのかな。すべてはゼウスの思惑通り。いったいゼウスやパンドラは何を象徴しているのだろう・・なんて考えたりもする。
でも人間を愛していたプロメテウスはその防護策をちゃんと用意しておいた。それは「絶望」に対抗する「希望」。希望さえ持てれば、人間はたとえ確約がなくとも一歩、前進できる。これが地獄への一歩か、天国への一歩かなんてわからない。でも一歩進もうとする瞬間は、間違いなく「絶望」を忘れられる。絶望の支配から逃れ自由になれる。
しかしキミはこの「希望」が、時として災いの元となると読んだ。これももっともな意見だ。希望への一歩が、取り返しのつかない災いを招くこともある。
政治家がバラ色の未来を演説で説く。希望を託して一票を投じると、その期待は裏切られる。原子力発電に未来のクリーンエネルギーへの希望を託した。でもそれは、とんでもない災いとなって私たちの生活へ降りかかってきている。独裁国家を他国が「国民が希望を持てる国家へ」と武力で制圧し民主主義を導入した。でも結果的には血で血を洗う悲惨な状況を作り出し、多くの命が奪われた。
本当だ。大いなる希望が、大いなる災いを招いている事例はたくさんある。
でもよく観察してみれば、災いを招いている「希望」って、どうも「他人が作り出した希望」や「他人から押し付けられた希望」という気がしてならない。私たちは希望を掲げつつ、実際は他者の希望を実現しようとしているだけではないだろうか。それが大きな不幸を呼び込んでいる。
希望は外にあるのではない。他人に示してもらうものでもない。本当の希望はパンドラの箱の一番奥に、人間の深い深い部分にまだ眠っているのかも知れないね。
さくぶん道場主幹 恩田澄江
HOME