さくぶん道場主幹の講評
読んでいて、キミがささやかな日常の一瞬一瞬を愛おしんで大切に生きているのがわかるよ。女の子同士の人間関係。たいへんだけどこれを無視して思春期は始まらないし、終わらない。女の子たちの大切なイニシエーション=通過儀礼(つうかぎれい)とも言える。
この香(かぐわ)しい花園のような、時にイバラのような道を通りながら笑って泣いて悩んで傷ついて、女の子は大人になるんだ。キミはその真っただ中にいるわけですね。
「これを言ったら嫌われるんじゃないか?」と思うことは誰にも経験がある。そしてそうなった時の恐怖を思い描くと、言いたいことも言えなくなる。自分の身の安全を考えたら、とりあえず右へならいをしておくほうが無難。
でもそれがもしリーダーの立場だったら、果たしてどうだろうか?リーダーが「嫌われたくない」という一心で集団全員の意見をすべて実行していたら、その集団は当初の目的地へたどり着けるだろうか。たぶん、たどり着けないだろうね。そうなってしまったら、「嫌われる」どころか、もっと手ひどい誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)を受けかねない。
日常生活ならまだしも、これが遭難した山の中だったらどうなるだろう。隊のメンバーがいろんな意見を言う。提案としてリーダーがそれをひととおり聞くのはいい。でもそれらの提案をすべて実行していたら、きっとその隊はもっと山奥深く迷い込むにちがいない。これはメンバー全員の命にかかわってくる。
「嫌われたくない。好かれたい」という感情は人間としてごく普通の感情だと思う。できればいつもそうありたいけど、これは単なる個人のエゴ、自己満足とも言えなくもない。
「いい人だよね」と、いつでもみんなに好かれるリーダーもいるだろう。でもそれはたまたま波風の立たない平穏な時にそのポジションにいたから「いい人」でいられただけかも知れない。その平穏が永遠に続くとは限らない。波風の立った時こそ、リーダーの真価が問われる時なんだ。
問題が起きた際、リーダーがフニャフニャした曖昧な態度でいると、それまで「いい人」と評価してくれた人たちが態度を一変し、「優柔不断で頼りない」という烙印を押す。人間の感情はお天気のように気まぐれでクルクル変わる。「いい人」も、ちょいと風が吹けば「優柔不断」になってしまう。政治の世界でもよくあるよね。
やはりリーダーの為すべきことは、最終的にその集団を目的地へ導くことではないだろうか。もちろん集団によって目的地は違う。晴加さん率いるダンスチームならば、目的地は「文化祭での成功」だ。それを成し遂げるためには、リーダーは「嫌われたくない」というエゴをまず捨てなければならない。リーダーがエゴを脱ぎ去ることができたとき、その言葉には凛とした強さと重みと、そして本当の誠実さが加わってくる。
人に信頼されるには、見せかけでない真の誠実さを示すしかないんだ。「リーダーの誠実さ」が何たるかを知らなければいけない。
キミは十四歳の秋に身を以(も)ってそれを知った。痛みと勇気を要したけれど、それが「人を率いる者」の宿命であり醍醐味でもあるのです。晴加さんは何かに気付いて、エゴを捨て波風の中からメンバーを救い出しもう一度目的地への道を指し示した。これは人間として一皮むける貴重な経験ですよ。
さくぶん道場主幹 恩田澄江
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