作文道場 さくぶん道場/今月の五選/g1201

今月の優秀作品

その1

「今年、故郷によせる思いは・・」  小6 女子

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 今日、12月31日。1年のしめくくりの日だ。こたつで、今紅白がはじまったのを見ているところ。 今年は、世界のひとり一人がもう一度「故郷」を見つめ直した年だったであろう。
 3月11日の東日本大震災。家を、家族をを、愛する人を、東北の人は失った。
“今年”といえば“ふるさと”を思い出す。震災後、多くのアーティストが歌った。今回、私が楽しみにしている紅白歌合戦でも嵐とアーティストが歌うことになっている。
 紅白は、今、嵐が去年つくった曲「ふるさと」を歌っている。あの日から、もう一度歌しを考えて。
 3月11日、私が帰宅したとき、津波がおしよせているえいぞうがTVがめんいっぱいにうつっていた。私は、その場でランドセルとサブバッグを床に落とし、立ちつくした。
「ふるさとに帰りたい。」
「もういちど、福島でくらしたい。」
原発の放射能もれで、ひなんをよぎなくされた人々。みなが口をそろえて言ったのは“ふるさとに帰りたい”その一心であった。
 今、“ふるさと”が終わった紅白。次は「いなわ代湖′S」というバンドだった。「Ⅰneed you 福島・・・♪」
メンバーは全員、被災者である。会場は大いに盛り上がっていた。
 今年のシメは、これにつきた。
“なつかしいあのニオイあの町に帰りたくなる”
嵐の「ふるさと」の一部だ。
 今年、だれもが見直した“ふるさと”。来年はもっと地いきを大切にして“ふるさと”とのきずなを深めたいと思う。

【講評】
「ふるさとに帰りたい」・・・か。
昨年の3月11日、この日本であんなことが起きるなんて誰が想像していただろうね。
もちろん、警告は出ていた。東北のあの付近は過去に何度も津波の被害にあってたくさんの犠牲者が出ている。それは歴史的事実だ。でも、まさか自分の生きているうちに、リアルタイムで遭遇するということはないと思っていた。
奥尻島の地震、阪神大震災、鳥取地震、中越地震、ここ20年間を見ても日本では大きな地震が定期的に起きていたけど、過去の地震と3.11が決定的に違うのは範囲が広いこと、根こそぎすべてを失ったこと、死者の数、そして家が無事でも家に帰れない人たちがいること。
ふるさとを失う気持ちって、一体どういうものだろう。悲しい、くやしい。でもそんなひとことで言い表せないくらいの痛みがあるんだろうな。この痛みは、本人たちにしかわからない。

“うさぎ追いし〜♪”の「故郷」は、いつ聞いても何度聞いても目頭が熱くなってしまう。これは不思議な現象だよ。きっとこの歌詞に共感できるんだろうね。年齢を重ねるごとに、故郷の2番と3番の歌詞が特に胸にグっと来てしまう。
「いかにいます父母 つつがなしや友がき 雨に風につけても 忘れがたき故郷」
「志を果たして いつの日にか帰らん 山は青き故郷 水は清き故郷」

私も故郷を離れていた時期がある。お盆や正月に帰ってくると新幹線の窓に小さい頃から見慣れた日光の山々が見えてくる。あぁ、帰ってきたんだってホっとしたもんだ。
石川啄木(いしかわたくぼく)という人を知ってるかな?
岩手県出身で、たくさんのすばらしい歌を作った人だ。故郷について詠(よ)んだ歌も多いね。

「ふるさとの なまりなつかし 停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく」
「汽車の窓 はるかに北に ふるさとの 山見えくれば 襟を正すも」
「ふるさとの 山に向かいていうことなし ふるさとの山はありがたきかな」

啄木はふるさと・岩手のなまりが恋しくて、東北の人が集まる上野駅までわざわざなまりを聴きに出向いていったんだ。(昔は東京駅じゃなく上野駅が東北への玄関口だったからね)
故郷へ帰省(きせい)する汽車の窓から、遠くに故郷の山が見えてきた。きっとこの山は岩手山(いわてさん)だろうな。少し緊張して、スっと背すじを伸ばす啄木が見える。
故郷を象徴する山・岩手山。とても大きく、大らかな山だ。小さい頃から自分をずっと見守っていてくれた岩手山。その山を前にすると、何も言葉が出ない。言葉がなくても、山は啄木に「お帰り」と優しくほほ笑みかけてくれる。

見慣れた青い山、川、海、小さい頃遊んだ神社、駄菓子を買った角の店、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、そして懐かしい我が家。すべては今ここに生きている自分を育(はぐく)んでくれたものたちだ。それらを失う、そこに帰れないということは、自分の体の一部を失うと同じことなのかも知れない。もしくは人生の途中で迷子になってしまったような感覚になるのだろう。戻るべき場所があるから、人はつらいことにも立ち向かおうとするものだ。

キミにとって「故郷」をイメージする景色はどんな景色かな?どんな匂いがする?そこには誰がいる?
もうすぐ3.11がやって来る。その時再び、人々は故郷について考えをめぐらすのだろう。

添削者/恩田

その2

『大きなものは大きな安心』 中2 女子

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人は皆、大きなものが好きだ。東京スカイツリーは634メートルというとても大きな建物として、今話題となっている。スカイツリーの他にも、東京タワーや高層ビルなど人間が作り上げたものはどれも大きなものばかりだ。
ではなぜ、人間はそんなに大きいものにこだわるのか。それは、自分よりも大きなものを作ることによって、その大きなものが自分たちを守ってくれるという安心感を得られるからだ。
例えば、奈良時代に活躍した「聖武天皇」。この人の私生活はあまり幸せではなかったそうだ。母は心の病におち、子供は生まれてから一年も経たないうちに死んでしまった。天皇としても、ききん、地震、伝染病、反乱などが続き、その頃にはもうほとんど政治には興味を示さなかったらしい。しかし、そんな聖武天皇が一番情熱を傾けたのが、大仏の建立だった。聖武天皇は不幸が続くうちに仏教に助けを求めるようになった。
 みんなのヒーロー、ウルトラマン。このウルトラマンも奈良の大仏とよく似ている。どこからともなく現れ、人々を苦しめる悪いかいじゅうたちを次々にやっつけてから星に帰っていく。ここでウルトラマンがやられてしまったら、人々も皆、かいじゅうたちに殺されてしまう。ウルトラマンにように、大きなものが人々を守ってあげないと、人間は毎日が不安で不安で夜も眠れないだろう。
 このように、大きなものとは私たち人間の安心そのものなのだ。

【講評】
本当に人間は古今東西大きいものが好きみたいだね。巨大な神殿、教会、城、像、そしてヒーローなどなど、人間は大きな存在をたくさん生み出してきた。それは時には人の心に安心感を与えたり、時には権力者の威光を示したり、時には人々を圧倒し畏怖させたりもした。
ウルトラマンというヒーローは、ちょうど私が生まれた頃に誕生している。日本が今と違ってぐんぐん国力を伸ばしている高度経済成長の絶頂期に重なっている。
私はリアルタイムでウルトラマンをテレビで見ていた世代で、当時はウルトラマンが怪獣を倒すことを期待していたし、怪獣は人間に害を為す存在で、倒されて当然だと決め付けていた。でも大人になってまた違う視点で見るようになって、ウルトラマンがそんな単純な話じゃないことにだんだん気付いてきた。
ウルトラマンの怪獣たちって、それぞれにそれぞれの事情を抱えていたりする。私も男の子じゃないから、そんなにヒーローものに詳しくはないけれど、怪獣のなかには人間社会が作り出した負の遺産、つまり公害とか放射能に由来するものもいたよね。もともとの根本的な要因は人間が作っておいて、制御できず人間の手に負えなくなったら(つまり怪獣という表現は一種の隠喩とも考えられないか)、もっと大きくて強いものを登場させて力で封じ込める・・・ウルトラマンはそういう物語とも見えなくもない。
もともと自分たちのせいで起きた問題の大元を見ないようにして、結果的に自分たちにとって有害なモノとして駆除する。これはまったくエゴイスティックな話だね。人間の開発のせいで山を追われて里に食べものを探しにきて、「有害動物」とレッテルを貼られ鉄砲で駆除される熊や鹿やイノシシに通じるところもある。
でもあの高度成長の時代は、この国全体がそんな空気のなかにあったのかも知れない。臭いものには強引にフタをして、そのフタを踏みつけてでも前に進もう的な空気なのかな。
ウルトラマンの監督や脚本家は意外とそういう本質を知りつつも、あえて皮肉や警鐘を込めてウルトラマンという矛盾を抱えた作品を撮っていたのかも知れない。

でも聖武天皇の話は初めて知った。そうか、聖武天皇は悩み多き人だったんだね。確かにあの時代、天災や飢饉に幾度も襲われたらしい。そういう記録が残っている。
しかしどうだろうか?奈良の大仏は世の中の平穏を願って建立されたというけれど、本当に人々に安心のみを与えたのだろうか?
またひねくれた見方をしちゃうけど、安心を与えるという大義名分のもと、実は脅威を与えていたということも考えられないか?
巨大大仏を作ったのは民衆でなく天皇サイド。まずそこで圧倒的な財力の力を示せるよね。
そして大仏は大仏殿という、これまた巨大な建物に納められている。目を上げればいつでもありがたい大仏様のお顔が拝めるわけではない。きっと民衆は特別な日に、特別な人(僧侶とか天皇)の仲介や立会いがないと拝めなかったのだろう。現在だって「ご開帳日」とかいって決められた特別な日にしか顔を見せてもらえない仏像を保管しているお寺はけっこうあるよね。
こうやって大仏は民衆にとって身近なものでなく、隔離された何かものものしく、特別な存在となっていったのかも知れない。そして大仏と接する人間も「特別な地位の者」となっていったのかも知れない。ここに「階級」というものが生まれていったのかな。

物事には大義名分の陽と、そのまったく逆を為す陰の部分があるということかな。

添削者/恩田

その3

『なぜ殺してはいけないか』 中3 女子

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「生き物を殺してはいけない」小さい時から誰かしらに言われることだ。理由として挙がるのは「大切な命だから」「いけないことだから」とかだろう。
 しかし、虫一匹たりとも殺したことがない人なんていない。いわゆる害虫などは殺虫剤か何かで殺したであろう。そうやって殺された生き物は人間の都合でしかない。虫を汚い、気持ち悪いと殺しているのだから。
 他にもある。安楽死だ。このままだと苦しいから安楽死させる。このままだと苦しいから安楽死させる。動物はそんなこと思うだろうか。たとえ苦しくても一分一秒、長く生きていたいと思っているのではないだろうか。
 人間以外の生き物で人間と関わり合いの無い死を迎えるのは自然という大きな流れのなかでは仕方のないことだ。彼らはそうやって進化をとげてきた。しかし、人間が少しでも関係していればそれはもう殺したことになる。絶滅しているのも同じこと。人間が自分たちの場を増やそうと自己中心だから間接的でも殺している。
 つまりは、誰しもがどんなに善人だとしても何かの生き物を殺した罪が己に返り地球という最も大きな命を殺してしまうかもしれないのだ。
 自然に対するつぐないにはとても時間がかかる。そのことを心に刻んで少しずつでもつぐなうべきだと思う。

【講評】
「なぜ殺してはいけないか?」むずかしいテーマだよね。
命は尊い、人の命は地球より重い、人間は誰もが生きる権利がある・・などなど。色々言われてきた。
しかしよくよく考えれば、これらの言葉はあくまで人間から見た人間、人間中心の見方によっている。キミも指摘しているように、これには大きな矛盾があるよね。
地球より重いのは、人の命だけなのか?生きる権利を持つのは、人間だけなのか?私たちは動植物や虫の命を、とめどなく奪っているではないか。「有害」というレッテルをつけて、ゴキブリを叩き潰し、殺人スプレーで蚊やハエを追い回し殺す。
「有害」とはあくまで人間側の一方的な解釈。動物や植物や虫たちは、人間に害を加えようという意識などさらさらない。訳が分からずただ殺されてゆく。何より人間は動植物の命を食べて自らの命をつないでいる。
住宅地やリゾート地の造成工事などはひと山全部を切り崩し平らにする。そのためにどれほどの木や植物や昆虫の命が犠牲になることか。

昔、我が家の近所は雑木林が生い繁っていて、そこには豊かな生命があった。でも今は広い道路が通り、それに沿ってすべて新興住宅と大型店で埋め尽くされている。
雑木林には野生のタヌキがたくさんいたけれど、棲家を追われ道路上でタヌキが車に轢かれてよく死んでいる。人間は残酷だな。
人間はふつうに生きているだけで、もう十分殺生を行っている。それゆえ「殺してはいけない」という言葉は「もうこれ以上の殺生はやってはいけない」という意味もあるかも知れない。

「ムカついたから殺した」「誰でもいいから殺したかった」という理由で起きる殺人事件が最近は増えているね。
これなんぞ、ゴキブリやハエをわずらわしいという理由で殺す感覚と似ているね。自分本位の欲望が極端に増幅された形。
欲望の増幅・・・、これが助長されやすい環境が今はたくさんあるように思う。前述した「有害」感覚もそう。自分にとっての快適さと清潔さを徹底して求める貪欲さ。それが正しいことだと企業や社会が後押しする。これでは「不快」への免疫や、ある程度の寛容性がまったく身につかない。ストレスもこの延長にある。自分の理想の快適さに慣らされるとちょっとした不快もがまんできないんだね。
「食」に関する事情も同じ。最近はやたらと「食べ放題」という文字をデカデカと掲げた飲食店が目に付く。「食べる=他の命を奪う」なら、「食べ放題=殺し放題」という意味にもとれる。

「殺してはいけない」理由は理屈じゃない。感覚で察知するものなのだ。命は重く大切だから、生きる権利があるから・・という理屈を述べる以前に、もっと根源的なもの、野放しにするととめどなく増幅してゆく人間の節操なき「欲望」について考えを巡らすべきじゃないのかな。

添削者/恩田